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あった出来事がぼんやりとどうでも良くなってしまうのだ。たとえ、その日の依頼がどのようにキツいものであったとしても、妖琴師の琴を聴けば彼の音しか頭に入って来なくなる。 ある日、程よく一軍が育ってきた事もあって育成途中の二軍をメインに探索に出ていると何やら神楽が心配そうな顔で私の袖を引っ張ってくる。 「どうしたの?晴明。どこか具合でも悪いの?」 「いや、そういうわけではないが……」 「最近、ぼんやりとしている事が多いからちょっと心配。本当に大丈夫?」 上目遣いに見られ、私は安心させるように神楽の頭を撫でてやる。言われてみれば、最近は鬼退治の途中であろうと意識が集中しきれていない時があり、博雅には「手ぇ抜いてんじゃねぇぞ」と小言を言われたのもあった。 「すまない、心配をかけた」 そう言えば、神楽は少しだけ安心したように笑ってくれる。遊びではないのだ。ここはきちんと集中しなければならないだろう。そう意気込んでいると、先程まで悪鬼と戦っていたはずの以津真天がいつもの淡泊な表情でこちらに近寄って来る。 「彼の御魂、なにを付けたの?」 「何か問題でもあったのか?」 「いいえ。でも、私のものとは違うから。敵が自分の味方を攻撃しているのがおかしくて」 以津真天が向けた視線の先に自身も視線を向ければ、そこには夜に見慣れた琴を弾く姿がある。妖琴師の音を聴いた途端に悪鬼たちは頭をグラグラと揺らし、あまつさえ味方のはずの悪鬼に猛威を振るっている姿がある。 「あぁ、たまには違ったものを与えてみるのも良いと思ってな。彼には魍妖を与えてみたんだ」 「そう」 「なかなか、あれはえげつないな」 苦笑交じりに言えば、以津真天はそれ以上何も言わなかった。 連日連夜桜の木の下へ通い続け、博雅からの酒盛りの誘いもそっちのけだったのは事実だ。加えて、夜のほとんどは妖琴師の元へ訪れているようになり、日を重ねる毎に時間が伸びている気がする。 「おい、晴明!最近のお前の腑抜け具合はどうにかならないのか!」 「……そう言われてもな」 「仕事の最中でも気を抜いたようにぼんやりしやがって。そんな様子じゃ、いつか鬼に食われるぞ」 「そのような失態をするわけがないだろう。……だが、忠告感謝する」 不機嫌そうな博雅に言われた事には覚えがあった。前までは都の為に尽力を尽くす事だけを天命にして動いていたというのに、今では夜を待つ事ばかりを気にしている節があった。黒清明の事も忘れかけ、偶然見つけた大天狗の羽根で博雅が騒いでいようと、それが何なのか一瞬思い出せないくらいである。原因と言えば、妖琴師と過ごす夜しか思い付かず、もう桜の木に行くのはやめようと心に決める。 だと言うのに、何故自分は今ここにいるのか。 気づいたらいつものように桜の木の下に来ており、目の前には琴を構える妖琴師の姿があった。 我に返ったのなら踵を返すべきだろう。そう思い、足を動かせば不機嫌そうな声が引き止める。 「何処へ行くつもりだ」 前までは「早く去れ」と言っていた口が言う言葉には到底思えない。 「明日は早いのでな。今日は早々に退散するつもりだ」 「ほう。ここまで来ておいて今更そう言うのか」 「元々来るつもりがなかった。何故今ここに自分がいるのかも不思議だ」 素直にそう言えば、妖琴師は目を細めて笑う。 「ならば、早く去るが良い。囀る虫に聴かせる音はここにはない」 「手厳しいな。では、そうしよう。……あぁ、お前には申し訳ないが、暫くはここには来ないつもりだ」 有言実行をもとにキッパリ宣言すれば、彼は何故かおかしそうに笑う。 「いいや、君は来るさ。私が頼まずとも、君は来るだろう。明日の君は黙ってそこに佇み、自分の愚かさに嘆く事になる」 「……」 「どうした?去るのではなかったのか?何故いつまでもそこにいる」 無言で佇めば、嘲笑混じりに言われてハッと我に返る。暫くはここには来ないと心に決めながら、久しぶりに何の子守唄もないままに寝所に潜った。しかしながら、朝が来るまで目は覚めたままで、意識はハッキリとしているものの、身体の疲労は昨日までが嘘のように溜まっていた。重たい身体を引きずりながら、博雅と神楽を連れて都の鬼退治へと出向く。以津真天に二軍の引率を頼み、自身は術を使って周囲を探る。そんな中、不意に袖を引っ張られ、私は背後を振り返った。 「晴明、今日は博雅に任せて帰った方が良いと思うの」 「神楽……私は」 「式達も晴明が体調が悪い事を見抜いてる。そんな状態で戦っていたら、怪我をしてしまうかもしれないでしょ?」 そう言われて式達に向ければ、戦いながらも以津真天が静かな目でこちらを見ているのが分かった。見抜かれているというのは本当らしい。隣にいる妖琴師は一切こちらを振り返らない。 「……すまない。今日は先に帰らせて貰うとしよう」 「うん。そうして」 不意に、妖琴師の琴の音が聞こえてくる。音を聴いた混乱した悪鬼は味方を傷つけながら、以津真天が最期のトドメを打っている姿があった。そんな事よりも、先程微かに聞こえた音の方が気になって仕方がない。これではいけないとかぶりを振り、博雅に事情を話にいく。 しかしどうしてか、先に帰って寝所で寝ていたはずなのに、私はいつの間にかあの桜の木の下にいた。まだ昼間なので妖琴師の姿はない。そこにホッとしながら、早く去ろうとするのに足が全く言う事をきかなかった。鉛にでもなったかのようにその場に佇み、ぼんやりと桜の木を見上げる。 「――だから言っただろう?君は来ると」 背後から聞こえてきた馴染みある声に私は振り返らない。否、振り返れなかった。 「そこに跪いて乞うが良い。聴きたいのだろう?私の調べを」 それま